「友人が緑内障で……あら? 白内障だったかしら?」
眼科医をしていると、患者さんのそんな言葉をわりと頻繁に聞きます。
よく似た病名ですから、混同してしまうのも無理はありません。けれど、中身はまったく別の眼疾患で、発症する部位や原因も異なります。共通項は、どちらも40歳以上の人に多い病気であること、予防方法が見つかっていないこと、目がかすむ症状が現れやすいことなどでしょうか。
9割の人が自覚なしで抱えている緑内障
緑内障と聞くと「日本の失明原因第1位の進行性の病気」という不名誉な称号を思い浮かべる人が多いかもしれません。
確かに長年にわたり1位の座を占めていますし、障害者手帳の発行部数から推定される視覚障害(視覚に関連した機能障害の全般)の原因疾患第1位も緑内障です。
ただし日本緑内障学会が行った大規模な疫学調査「多治見スタディ」によれば、40歳以上の日本人の20人に1人、60歳以上の10人に1人が緑内障と推定されます。つまり罹患者が多いため失明に至ってしまう人数も多くなりますが、失明率としてはそれほど高い数値の病気ではないのです。
それよりもっと憂慮されるのは、ほとんどの患者さんが緑内障を自覚しないで生活していることです。多治見スタディでは、なんと「9割」の緑内障患者が罹患していることに気づかなかったという結果が出ています。
どうして気づかないかのというと、緑内障はかなり進行するまで自覚症状が現れないからです。緑内障は眼圧が高まって視神経が障害され、視野に欠けた部分ができてきて、見えない部分が広がっていく病気です。しかも、多くは視野の中心ではなく、上方の端という「見えにくい部分」から始まります。
「見えない部分ができたら、自分ですぐにわかるはず」と思われるでしょうが、視野が欠けた部分は黒っぽく見えるわけではありません。レースのカーテンがかかったように白くかすんでいて、その部分が両目で見ると自然に補完されます。片方の目に見えない部分を、もう一方の目がカバーして「見えている」と錯覚を起こしてしてしまうのです。さらに、日常生活でよく見る下方ではなく上方から視野欠損が起きるので自覚が少ないのです。
そのかすみ目は緑内障? 白内障?
さらに進行すると、人によっては時々目に痛みがあったり、下方が見ずらくなると文字の読み飛ばしが多くなったりします。そしてさらに進むと、強くなった目のかすみを自覚するようになり、「何かおかしい」と感じて来院される患者さんが増えます。
このとき「目が白くかすむので、白内障ではないかと思うのですが」と言われる方もいらっしゃいます。目のかすみは白内障にも現れる症状ですが、起きる原因はまったく異なります。白内障の場合は治療をすればかすみがきれいになくなりますが、緑内障のかすみは、視野が欠けたために起きる症状であり、一生元に戻ることはありません。今の医学があっても、欠けてしまった視野は治せないのです。
そのようなことにならないための唯一の方法は「早期発見、早期治療」を目標に、眼科で定期的に検診を受けて、緑内障とわかったら速やかに治療を開始することです。緑内障の治療は、症状によってはレーザー治療や手術が有効な場合もありますが、目薬(点眼薬)による薬物療法を主軸に行われます。
そして多くの場合、毎日ずっと目薬を使い続けて、眼圧の上昇をコントロールする継続治療で、緑内障の進行を防止することが目標となります。
白内障は手術で根治できる
一方の白内障は、目の中のレンズである水晶体が濁って硬くなる病気です。なかでも大半は「加齢性白内障」と呼ばれる種類に属し、40歳代から初期混濁が始まり、60歳代で2人に1人、80歳以上ではほぼ100%の人が発症します。
水晶体の濁りは最初の半透明から次第に濃い色になり、水晶体の質も硬くなって厚みを増していきます。目がかすむほか、以前よりまぶしさを感じやすくなったり、ものが二重三重に見えるといった自覚症状が現れはじめ、日常生活に支障をきたして眼科を受診する人が増えるのは60歳代後半以降です。
白内障の治療には、進行のスピードをゆるやかにする目薬の薬物療法もありますが、手術を受ければ根治することができます。日本では日帰り手術を中心に、年間140万~150万件もの白内障手術が行われています。角膜(茶色目)に2~3mmの切開部(創口)をつくり、そこから水晶体を取り出して、代わりとなる人工眼内レンズを挿入する5~10分程度の手術です。
この眼内レンズの種類によっては、老眼や近視、遠視、乱視なども矯正できるのが白内障手術の大きな特徴です。かすみやまぶしさなどの白内障の症状を解消するだけでなく、以前より視力がよくなるのですからプラスαの手術といえるでしょう。一度発症したら根治が難しい緑内障に対し、この「白内障は手術すれば、視機能をよりよくできる」という点が、患者さんにとっては最大の相違点かもしれません。医療機関によって採用している眼内レンズの種類や性能が異なりますので、あらかじめ情報を収集して比較検討することをお勧めします。
緑内障は気長に治療を、白内障は手術のメリットに期待を
いかがでしたでしょうか。
名前は似ていても、まったく別の病気であることを何となく感じていただけたのではないかと思います。
もし、あなたが眼科医に「緑内障ですね」と言われたら、発見できたことをラッキーと思って「長いおつきあいになりそうだな」と覚悟を決めてください。
定期的な検査と診察、毎日の目薬の使用というルールを守っていれば、通常、進行悪化は緩徐であり、失明に至るようなことは滅多にありませんので気長に治療を続けましょう。
もし「白内障ですね」と言われたときは、いつごろ手術治療が必要になりそうか尋ねてみましょう。
そして手術後にどのような見え方を手に入れたいか(「遠くの景色をはっきり見たい」「メガネもコンタクトレンズもなしで生活したい」など)を考えていれば、不安になりがちな手術も少し楽しみになるはずです。
白内障と緑内障を同時に治療することも可能ですので、是非主治医にご相談ください。
ところで緑内障と白内障には、古くから使われていた旧名があります。
緑内障は「あおそこひ(青底翳)」、白内障は「しろそこひ(白底翳)」といって、「そこひ」は外見上は異常がなく、眼球内の障害によって視覚が低下する病気を指しました。
緑は「あお」と呼ぶこともありますから、旧名になぞらえて「緑内障」「白内障」と名づけたのかもしれませんね。
まとめ
◆緑内障は眼圧で傷ついた視神経が視野を欠損させる病気。片方の目の視野が欠けても両目で見ていると補完されるため、気づかないうちに進行していることが多い。
◆白内障は水晶体が濁って視力が低下する病気。水晶体を眼内レンズと取り換える白内障手術を受ければ改善できる。
◆緑内障は早期発見、早期治療が非常に大事。40歳以降は眼科でも定期検診の習慣を。
◆白内障は白内障手術の眼内レンズ選びが大事。医師とよく相談して希望する“見え方”の実現を。
◆眼ドッグの利用も眼疾患の発見に有益です。
緑内障(旧名:あおそこひ)
患部…眼圧に圧迫された視神経
症状…視野が欠けて見えない部分が出てくる
主な治療法…目薬(点眼薬)による薬物療法、緑内障手術、レーザー治療
白内障(旧名:しろそこひ)
患部…水晶体
症状…目のかすみ、まぶしさの増大、視界の重なり
主な治療法…白内障手術